僕らは生きることにしがみついたけれど それを格好悪いとは思わない

23週3日388gの超低出生体重児と家族の16日間
CALENDAR
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
ブログ村
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
<< 16日 天へ還る 25w5d | main | 故郷へ >>
そしてそれから
0
     12/2のそれからの話

    看取ってから 機器を外して貰って やっとフリーな姿になって NICU内の小部屋で家族4人で初めて過ごす。
    嫁のおっぱいから 最初で最後の授乳
    ソウが言う「笑って暮らそうよ」
    そして泣きながらオヤジギャグ百連発


    それからしばらくして、葬儀屋さんがきて引き渡しまでの説明。
    夜があけて病院が動き出してからでないと日程が出ないとの事。
    一旦 帰宅する。 確か6時頃 一生で一番長く感じた四時間。
    帰りの車中でソウが「千の風になって」をアカペラで歌い出す。
     
    5時と7時にそれぞれの実家に電話で報告
    父ちゃん母ちゃん 義母さん義父さん 朝から最悪の話で申し訳ない。

    8時過ぎに会社に連絡 忌引5日間取れるらしい。
    その日に指示をださなければならないことを順次電話していく。
    そして、実家と連絡して、お葬式は田舎であげることにする。
    私も嫁も同郷の出身・お墓も仏壇も田舎 こっちでお墓たてる気もないし。
    なにより家族とすらあまり時間を過ごせなかった子なので家族だけで送ってやりたいし。

    10:30にちょっとだけ手が空いたので、ソウの自転車の修理にいく。
    ちょっと前からパンクしていたのだけど、ヘキが産まれてバタバタしていて修理にもっていけず、本来なら今週の土曜に修理に持って行きべきだったもの。

    昼過ぎに北里から電話 今解剖終わりましたので、もうちょっとして来てださいとのこと。

    喪服を即日クリーニングにだして、病院へお迎えに。
    殺風景な霊安室で対面。まず、死亡診断書を手渡される。
    NICUのスタッフさんが順々に最後のお別れにみえます。
    一言ずつ 言葉を掛けて貰うと 涙が自然と。

    ソウが胸にだいて ワークス君に積んで4人で病院を出る
    本当にお世話になりました。

    まず 市役所によって 死亡診断書の横の欄「死亡届】を書いて提出
    それから、埋葬を実家で行いたい旨を申し出て 埋葬許可書に和歌山の斎場を記入してもらう。この手続きが小一時間。 例外処理なのでちょっと時間がかかる。

    それから 葬儀屋さんによって 小さい棺桶とドライアイスを売って貰う。
    身長22cmと伝えると ものすごく質素な小さい小さい箱がでてきた。流産した子供用。
    あまりにもドンピシャすぎて なんにも他のもの入らないので 赤ちゃん用の60cmにする。

    準備してもらうあいだ、そこで式をあげるわけではないのに霊安室を使わせて貰った。
    ずっと抱いていても良かったんですが、ご厚意に甘える。

    買い物して、家に戻ってきたら6時前
    すまんな、家に早く帰りたかったかもしれないけど、父ちゃん寄り道好きでなぁ
    一回外にでたら一発で用事全部済ませてこないと気が済まない性分なんだ。

    喪中の葉書をつくり、冷蔵庫の残り物の整理的な晩ご飯を食べて
    ヘキに持たせる物を見繕う。 
    嫁手作りのオニギリ
    3人の髪の毛
    ソウが書いたヘキの似顔絵
    上田旅行で貰ってきた円窓電車ペーパークラフト
    家族が増えますように と書いてあったダルマ
    3人で涙流しながらあれやこれやと選ぶ

    最後4人でちょっとTVを見る
    そんで 4人で最初で最後の4本川の字で寝る。

    こんな4人の暮らしをやっていきたかった

    | - | 09:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://hexa.oryzae.net/trackback/20
    トラックバック